慣れって怖い!

 

 歯の話ではありませんが、先日永年使っているスピーカーが壊れてしまいました。新しい物を購入しようとも考えたのですが、非常に気に入った音であった為、1ヶ月以上悩んだ末修理することに決めました。しかし35年前の製品で普通なら買い換えるのが当然で、しかもそのメーカーは既に無く修理の術が無かったのです。色々と調べ探し当てた結果、地方にあるスピーカー専門の修理工房で直して調整してもらいました。壊れる前は全く音に問題ないものと思っていたのですが、そのスピーカー本来の音が蘇り、古くなり性能が落ちていたことにも気がついていなかったことに驚きました。

 歯の話に戻ります。これは私の恩師の話ですが、ある入れ歯の患者さんが今持っている入れ歯を新しくしたいとの事で来院されました。その人の入れ歯は壊れて口の中の半分しか入っていないのですが、すごく信頼していた先生に作ってもらい、壊れていてもよく噛めるので今まで使っていたそうです。しかし見た目が非常に悪いと、家族から指摘を受けた為に新しく入れ歯を作りに来院されたのです。入れ歯が得意な恩師は、非の打ち所の無い入れ歯をつくりその方に渡しました。結果は、何故か全く噛めない。痛いところはないけれど・・・!?

 私は新しく入れ歯を作りたいという患者さんが来院されると、すぐには作り始めず、必ず今使っている入れ歯の修理を行います。ほとんどの患者さんはすぐにでも新しい入れ歯を欲しがるのですが、入れ歯作りは非常にアナログな作業で、作っている最中に古い入れ歯の修理や修正に時間を取られると、限られた予約時間内にじっくり納得いくものが出来なくなるからです。また患者さんから急かされない為にも一先ず今の入れ歯に満足してもらう必要があります。つまり完成して渡すときは、古い入れ歯は使うことに関して特に問題ないのですが、新しい入れ歯と交換することになるのです。ところが自分なりに納得し、また理論上問題なく、かみ合せや吸着など完璧と思われるものが出来上がり、自信をもって患者さんに渡しても、噛みにくい、違和感がすごい等の苦情を言われます。しかし口の中には入れ歯による傷も無く安定しています。自分自身を信じて特に入れ歯を削るなどはせずに、患者さんにはとにかく新しい入れ歯を使う様にと念を押します。不思議なことに10日ぐらいすると古い入れ歯の時より色々なものが噛めるようになったと喜ばれます。

 入れ歯は使っているうちに噛む面が磨り減ったりして噛み合わせが低くなってきます。また、古くなり調子が悪くなってしまった入れ歯を使っている人は、無意識のうちにその入れ歯にあわせた噛み方に変わってしまい噛みにくいながらもそれに慣れてしまいます。私の歯科医院にも、近隣の歯科医院で作ったばかりの(極端な例では前の日)入れ歯を持ってきて、使えないから作り直して欲しいと訴える方が多々いられます。新しい入れ歯は噛み合わせなど古い入れ歯と全く異なります。慣れるまでは少々使いづらいのは当然です。合わないからといってすぐに諦めるのではなく、まずは作ってもらった先生を信じることが、入れ歯で苦労しない秘訣ではないでしょうか。




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