歯磨きと風邪


 私が研修医の頃(今から15年ほど前になりますが)、ある患者さんに歯磨き指導ばかりしておりました。もちろん必要な治療もしていたのですが、1年ぐらい経ったある日その人から“歯ブラシをきちんとすると、口の中は気持ち良くなるのは当然ですが、それよりも風邪を引かなくなりました。”と言われました。私は理解できなく、その時はただ自分の知識不足を隠しながら“そうかもしれませんね“と答えました。

 今から2年ほど前、NHKのとある番組を観ていたら、インフルエンザと口腔清掃との因果関係について特集しており、その番組内でゲスト出演されていた東京歯科大学の奥田克爾教授は、口腔清掃がよくなるとインフルエンザにかかりにくくなる理由として“歯周局所・咽頭にインフルエンザウイルスの働きを助けるノイラミニダーゼやプロテアーゼをつくる細菌群が多い場合、粘膜があらされインフルエンザウイルスの吸着・侵入を導いてしまう。”と述べ、実際にデーケアにかよう要介護高齢者に対する歯科衛生士による週一回の口腔清掃を中心とした口腔ケアをしたグループにインフルエンザ発症がすくなかったことを発表していられました。

 最近になって、歯周病や虫歯の放置が心臓病などのように生命の危険を伴う病気に関係していることが注目されてきましたが、考えれば当然のことです。食べ残しから出来るほんのゴマ粒大の歯垢の中には数億から数百億の細菌がいます。また歯周病に罹っている歯茎はその歯周ポケットの中全体が傷になっていると言っても過言ではありません。その傷の上に常にいわゆる“バイキン”がいるのです。また歯の中には血管があり虫歯の場合、常に細菌が血液に入り込む状況にあります。皆さん怪我をした場合、傷口を洗わず消毒しないでいるとどうなるか想像つきますよね。

 風邪は多くの場合、体力低下などによる日和見感染です。また、先ほど紹介した教授の話では、簡単にいうとインフルエンザウイルスは口腔内の細菌からでる産物により活発化され、より体内に侵入しやすくなるとのことでした。いずれにしても共通して言えることは、口の中の細菌の数を減らす(増やさない)ことが出来ればより風邪やインフルエンザに罹る確立は下がるわけです。15年ほど前に私の患者さんからの一言が、恥ずかしながら今になって理解できたのです。

 今年の1月に中国で新型インフルエンザの人から人への感染が確認されました。風邪やインフルエンザの予防には、手洗い、洗顔、うがいなどの身体の外部からの汚れに対して非常に言われており、ほとんどの方が周知しておりますが、そこに口腔内清掃(徹底した歯磨き)というものも加えていただかないと、うがいだけでは不十分であるため、もし感染拡大した場合の対処は難しいのではないでしょうか。また我々歯科医や歯科衛生士はそのことを熟知して、多くの人に知らせる義務があると思います。

<
戻る